地元で長く愛されてきました

創業大正十年 地元大田区で長く愛されてきました

若杉工作場時代1
 
セダー建設は大正十年に若杉工作場として立ち上げ、その後は個人事業としての「若杉工務店」を経て、昭和62年10月に株式会社化するにあたり、「セダー建設」となりました。
「セダー」とは「杉」の意味で、本来の発音は「スィダー」ですが、より親しみやすい発音で「セダー建設」となりました。
セダー建設の社名の由来はこちら→

おかげ様で、2021年に創業100周年を迎えます。

これもひとえに地元大田区上池台のみなさまに支えられてのことです。ありがとうございます。
 


 
若杉工作場時代2現在、4代目代表の若杉健志です。

「若杉工作場として立ち上げ・・・」とご紹介しましたが、実はコトが古すぎて3代目も私も「若杉工作場」時代があることをごく最近まで知りませんでした。
偶然にもこれらの写真が発掘され、開業当初は「若杉工作場」だったということが分かりました。

今は開業当時のことを知る人間がいないのが少し寂しいところではありますが、ずっと「若杉工務店」がはじまりだったと思っていたので、もっと深い歴史があるんだと自社のことながら心を揺さぶられてしまいました。


若杉工作場時代3写真を見ると、当時としてはかなり大きい建物もつくっていたようです。

今となっては知る由もありませんが、この写真が地元大田区のみなさまの住まいをつくり、町づくりの一つになっていると思うと歴史と共に地元のみなさまと歩み続けている時間を感じます。

創業当時から家づくりに携わり、曾祖父や祖父は棟梁でした。3代目の父(現会長)はダンスフロアの工事でも地域のみなさまにお世話になっています。
近年ではリフォーム、特に耐震リフォームを得意とし、大田区のみなさまにご愛顧いただいてきました。

現在、耐震リフォームが得意な理由は4代目である私の学生時代に体験した阪神大震災が大きく影響しています。

若杉工作場時代4なぜなら阪神大震災では悲しいことに人の命を奪ってしまう家があったからです。

「家は人を守るものだ」

それが私の信条です。

リフォームを長年ご提供していると、新築のときにここをこうしておけばもっと長持ちしたのに・・、新築でこれがあると家の傷みが早いな・・、という経験をたくさんします。

ですから、すでに傷んでしまった家の再生ももちろんご提供しながら、それならば新築のときに、もっとしっかり長持ちする家をつくって、


20年後、30年後に
「あぁ、この家にして本当によかったな」

と思っていただける家をご提供し続けたいです。

人を守る家は強くて長持ちしなくてはなりません。私たちのつくる家は、ご自身とご家族を心から大切に思う方に存在価値があります。
家づくりのあと、何十年後の感想をどうぞ聞かせてください。
それが、大正十年からお世話になっている地域のみなさまへの恩返しとなれば幸いです。
 
セダー建設の家づくりは、お客様・建築家・セダー建設が一緒につくりあげます。
建築家は設計段階からお打ち合わせに参加し、高い技術を備えた自社職人が中心となって施工していますので、細やかな対応が可能です。
 
主役はお客様
どのような暮らしをしたいか、おうちで何をしたいか、まずはお聞かせください!
セダー建設はどんなささやかな願いも叶えていきたいと思います。